時既に遅し ……
我をくぐるものは憂ひの都へ
我をくぐるものは永遠の苦悩が
我をくぐるものは破滅の人となり
正義は尊き主をして
聖なる力、最高の智慧
原初の愛は、われを造る
われより先に創られたものはなく
ただ永遠のみが無限に続く
この門をくぐるものよ、一切の希望を棄てよ
〈地獄篇 第三歌 地獄の門 より~〉
我等日本国民が思い知るべき言葉はこれでは無いだろうか。
戦後74年間、サンフランシスコ講和条約発効67年間に渡り国防や安全保障を臭いものには蓋とばかりに葬り、惰眠を貪り享楽に堕した結果、それが今現在の為体ではないか!
にもかかわらず“自称”愛国保守の連中がやっている事と言えば周回遅れも甚だしい政治活動だ。本来74年前から斯様な政治運動を続けてさえいれば今頃自立への道を歩めただろう。
しかし、現実はどうか?大多数を占めるのは自己思考すら放棄した大衆と言う名の愚民共。況してや在日寄生虫や敵国の工作員が大手を振って闊歩する有様。進歩的知識人を僭称する工作員共が“人権”の名の下にどれだけの国益を毀損してきたか!!
確かに始まりはGHQ(米国コミンテルン)による「3R5D3S 政策」である。だがサンフランシスコ講和条約発効後以降に関しては我々日本国民自身の責任だ。米ソ冷戦下唯々諾々と米国の核の傘の下で温々と安寧を貪ってきたのは一体誰か!?
本来であれば米ソ冷戦終結直後から自立に向け、具体的に動くべきだったにも関わらずバブル景気に酔い、何一つ行動を起こさなかった。今にして思えばあれが最後のチャンスだったのだ。
無論チャンスを逸した我々に待つもの、それはこの図が示す未来である。支那か米国どちらかの軍門に降る以外道は無い。
“本当の絶望”とは叶わぬ希望を抱き続ける事だ。
嘗て烈士三島由紀夫が何故切腹に至ったか、その心情を朧気ながらにも垣間見た気がする今日この頃である。