FC2ブログ

日本の外交オンチの実例と国防意識

 今回はtwitterにて実に興味深いツイートがあったので転載させていただいた。

<以下転載>



‏ @perfumekawaee

 イギリスの首相チャーチルの著書『第二次大戦回顧録』が引用されている。 そのチャーチルが「日本人は外交や交渉ということを知らないらしい」と書いているという。

 チャーチルも、外交の常道として、日本に対してまず最初に 無理難題を吹っ掛けるところから外交交渉を始めたのだが、 なんと日本は反論もせずに、いきなりその最初の無理難題を笑顔で飲んでしまった。

 外交交渉としては肩透かしである。 言い方を変えれば(イギリスにとっては)嬉しい誤算だったろう。だが、イギリスの外交にあたる者としては、当然、祖国のメリットを“最大”にする義務があ る。チャーチルは日本にはまだまだ吹っ掛けられるだろうと考え、要求をエスカレートさせる。

 だが、それでもまた、日本は相手の要求を笑顔で飲んでしまう。日本が飲み続ける限り、イギリス側は無茶な要求を繰り返す。 イギリスの代表としては、まず、そうやって様子をみながら日本の限界値を探り、そこから交渉を始め、結果的にイギリス国民に最大の利益を持ち帰れるような双方納得の着地点を模索する算段だ。
 
 だがイギリスの要求が繰り返されると、 ある時、突然日本人の顔つきが変わる。  「イギリスは紳士の国だと思っていたが悪逆非道の国である。   もうこれ以上は我慢ならない。刺し違えて死ぬ」

 少し前まで日本人は笑って要求を飲んでいたので、日本人が牙をむくのは イギリス人からみれば「突然」だ。それは驚いたことだろう。

 そして、チャーチルがこの回顧録を書いた昭和16年の12月、 イギリスは、当時“世界最強”といわれた主力戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と 歴戦の浮沈艦「レパルス」の2隻を、日本海軍航空隊に撃沈されることになる。

 この2隻はイギリスが世界に誇る戦艦であり、しかも当時の世界の常識では 「作戦行動中の戦艦を“航空機で”沈めることは不可能」とされていた。 また、チャーチルのお気に入りの戦艦でもあった。

 彼は「まさか航空機を相手に」「まさかこの最強の2隻が」撃沈されることがあろうとは 微塵も思っていなかった。同著の中でその時の気持ちを 「戦争の全期間を通じてこれ以上の衝撃を受けたことがなかった」と述べている。

 本来なら「最強の戦艦2隻を撃沈させるほどの力を持つ国」は、 無闇に頭を下げたり愛想笑いする必要もないし、 一方的に要求を飲み続ける必要などない。

 今も昔も、軍事力を持つ国には「話し合い(外交)をする権利」があるのである。 だが、当時の日本はおかしなことに、交渉せずに笑顔で要求を飲んでいた。 だからチャーチルは 「日本人は外交や交渉ということを知らないらしい」と書いているのだ。

 そして日本とイギリスの外交エピソードを引用した後に、日下公人はこう教訓づけている。 ここから得られる教訓は、 日本としては「国際社会は生き馬の目をぬく駆けひきの場だ」と知ることであり、 イギリスとしては「実直に生きたいと念願している国を理解せよ」である。

 これはアメリカについてもアジア各国についても言えることで、これからの日本は、 この教訓を活かした外交をすべきなのだが……ところが戦後の教育やマスコミは、 あいかわらず反対のことばかり教えているから困ったものである。 日本で教える国際関係論は「国際親善論」ばかりである。

 そのうえ国際親善の手段は「謝罪」と「援助」と「交流」と「対話」だけだから、 相手国から「恫喝」されたり「封鎖」されたり「制裁」されたり「侵略」されたときは どうするかを考えられない。

 日本のエリートはそんな人ばかりだから、対策会議を開いても出てくる意見は 「陳情」「説明」「逃げ」「先送り」「一時しのぎ」で、その先にあるのは 「アメリカに相談」と「譲歩」だけ。

 これでは相手はますますつけこんでくるから、ある日、日本はカッとなって 再度怒りだすのではないかと、これからの十年がほんとうに心配である。 (日下公人『これからの10年』PHP研究所 160ページ)

 日本の文化の中で育った日本人は、 「こちらが譲歩すれば、相手も多少譲歩sする気になるだろう」と信じている。確かにこれは「日本人と日本人の間の交渉」においては通用することも多いだろう。

 日本人の多くは「喧嘩両成敗」であるとか「三方一両損」などの 「譲り合いの機微」に深く納得できるし、 「相手に先に譲歩されれば、自分も多少譲歩してもいいような気分」、または、 「相手が譲歩した場合、自分だけ譲歩しないのは悪いような気分」になってくるものだ。

 だがこれはある意味“日本人的”な感情であり、全世界で共有できる感覚ではない。 少なくとも外交においては、 相手も「その国のすべての国民の利益」を最大化する責任を背負って来ている。

 そういった場面での『譲歩』というのは、「相手の譲歩に対する見返り」などではなく、 「交渉上、止むを得ない場合に行う、条件付きの調整」である。 つまり日本の交渉術は世界のそれと比して少しズレているのである。

 信長や秀吉が海外(スペインやポルトガル)からの文化干渉と侵略をしてきた時に激怒して 戦ったことで日本が植民地化を免れた歴史を思えば、第二次世界大戦などよりもっと昔から 日本人というのは「ここぞという時には」ちゃんと意思表示できる民族だったのかもしれない。

 だが現代の日本人は最期まで結局怒らない。 特に過去の戦争のことを出されると思考を停止し、情報を精査することも止め、 何を言われてもペコペコ謝り、けして怒らないのである。

 現代の外交においては、日本と付き合いの長い「アメリカ、中国、韓国、北朝鮮」などは その日本人の“外交的無知”や“譲歩されると譲歩で応じてしまう癖”を 呆れるくらい熟知しているので、それらを巧みに交渉に利用してくる。

 米国は同盟国であるせいか、ある程度は「交渉」らしい形式で話を切り出すこともあるが、 要所要所では力技を使ってでもアメリカのルールを半ば強引に押し付けてくる。

 中国や朝鮮などに至っては日本相手に手加減など一切なく、初めから高圧的に 「日本は言うことをきくのが当然」という姿勢で自国の要求を打ち出してくる。 それは“なぜ”か? 大きくわけて2つ。

 中国の外交姿勢を、対日本と対ロシアで比較してみればよくわかる。 実は中国とロシアの間にも、かつて領土問題があったのだが、 日本にはあれだけちょっかいを出す中国が、ロシアが相手の場合には、 驚くほど慎重かつ穏便に処理している。

 一般に「核保有国同士は揉めたがらない」というのは知られていることと思うが、 その時に中国が諦めた領土の広さはなんと100万平方キロ。 じつに日本の2.5倍もの広大な領土がロシアのものとして話し合いで確定されたのである。

 つまり中国では反日報道は行うが、反露報道はしていないのだ。 これはロシアは「対等な外交を行うに値する国」とみなされ、 逆に日本は「怒らせても別に問題ない国」だと舐められているからに他ならない。

 戦力を行使できない主権国家など、主権の一部が欠けているのだから 舐められるのも無理はないのかもしれない。 外交と軍事は同一線上にあり、どちらが欠けても国として異常なのである。

 そして彼らが大きな態度をとるもう1つの理由。 それは、アメリカや中国、韓国、北朝鮮などが、 戦後の日本人は「先に強気に出たほうが簡単に言うことを聞く」と思っており、 現に、彼らの経験的にもその通りだったからである。

 たとえば中国。 彼らは、日本と交渉して10の要求を飲ませることを目標にしている場合には、 日本が飲める限度が5であろうが3であろうが、最初から30の要求をふっかける。 さきほど引用したチャーチルと同じだ。

 日本が抗議しようが交渉しようがすぐには取り合わず、そうすることによって 日本側が交渉の根本を見直さない限り、全ての話し合いが無意味になると 思い込ませるのである。

 すると外交に不慣れな日本は簡単に焦り出す。 閉塞した現状を打開するには“日本側が”どうにかしなければならない、または、 「お互いが意地を張っていては何も解決しない」と日本側だけが考えるようになり、民主党などの提案で、日本人同士で勝手に「譲歩を検討する議論」を開始し てしまう。

 中国側は日本人同士の話し合う様子を黙ってみていればいい。

 そうやって日本が閉塞感から譲歩の論調を出す状態になるまで中国人は待ち続けた後、 まるで日本の顔をたてているかのようなふりをして「最初にみせた30の要求」を 「本来の要求レベルである10近く」まで下げ、友好的な笑顔を作ってみせるのである。

 それまで『中国に作り出された閉塞感』に勝手に苦しんでいた日本人は 突然現れた中国からの提案がまるで「唯一の解決策」であると勘違いし、飛びつく。

 そして朝日新聞あたりが即座に「中国が寛大さを示してくれたのだから、 今度は日本もそれに応えるべきだ」というような主旨の記事を書いて “実際には中国が得をする中国の提案”を援護する。

 そうすることによって、当初は日本にとって5や3程度しか飲めないはずの要求は 結局のところ中国にとっての当初の要求通りである10前後で決着する。 これが毎度のパターンである。

 日本人は押しても引いても動かない相手を前にすると“自分が”何か条件を変えなければならないと考えがちである。この気質は日本人の良いところでもあり、 数々の発明を生み、産業や技術を 発展させ続けた根源でもある。しかし外交において、選択肢はもっと幅広くあるべきである。

 こちら側が焦る状況でない場合には、なにも日本側が先に譲歩を検討する必要はない。

 中国がよくやる交渉術から学ぶならば、「両国の友好を重視しなければならない」 というような抽象的なことを言葉だけで言っておいて、自分からは何も行動せず、 相手にだけ「行動で示せ」と言い続け、根気よく相手の譲歩を待つ選択肢もあっていい。

 だが、日本は多くの場合そのような選択肢を初めから放棄している。 どうゆうわけか「交渉が膠着した場合“日本側が”打開策を用意しなければならない」 という強迫観念に似た思い込みがある。少なくとも大手の新聞はほぼその論調である。

 日本との交渉事において多くの場合相手国側が初めから主導権を握っているのは、 相手国に「日本が怒るわけがない」「日本は怒っても恐くない」と思われているからだ。

 普通は交渉相手への要求があまりに高すぎれば“挑発”になるし、 一方的に相手が行動することを要求したりすれば場合によっては怒らせてしまう。 だが、彼らにとっては日本が相手なら「そのリスクはない」と思われている。

 だから彼らはゆったりと日本を見下し、大上段に構え、 外交手段のバリエーションも豊富になるのである。

 しかし日本は今まで「60年以上も昔の戦争の話」を出されるたびに まるで水戸黄門の印籠をみせられた悪代官のように無条件で土下座するような外交を 延々と続けていたため、中国も韓国も味をしめてしまった。

 彼らにとっての楽な外交、そして金も軍事力も使わずに『歴史問題だけで 先進大国を屈服させる快感』を骨の髄から記憶してしまったのである。

 そして国内の左派文化人やメディアが常に「過去の反省」「過去の清算」などの名目で 「相手の要求を聞き入れる風潮」を作るので、世界の経済大国・日本の外交意識や 国際政治における存在感は国家の規模に見合ったものにならぬままなのである。

 国益をかけた外交交渉は国際親善や感情論とは完全に別にして語られるべき話であり、 相手の立場を思い遣る優しさで譲歩などしたところで世界のどの国も日本を誉めない。

 それどころか安易に折れて国益を他国に譲るという失態を晒すことは 日本という国家が“自国民をないがしろにする情けない国”と思われるだけである。

 今まで朝日新聞あたりが「日本が先に折れた」「相手国の立場で譲歩した」といった 愚行を嬉々として褒め称えてきたのは、それが愚かな行為だという国際常識を日本国民に 理解させぬように、譲歩がまるで普通の外交であるかのように偽装する世論誘導である。

 彼らが“どの国の正義”を基準にし、“どの国の国民”のために記事を書く新聞社かは 非常にわかりやすい。 また、新聞の見出し等にも、希に中国や韓国側から友好や親善を提案された、と するものがあるが、それはよく見ると“建前の部分”を強調した記事に過ぎない。

 全文を読めば必ず彼らの別の要求が書かれている。 簡単に表現すれば“日中親善! …だから日本の先端技術を中国に与えよ”であるとか “日韓友好! …そのために日本の教科書を韓国に合わせよ”のような形である。

 外交を友好や親善と混同してはならない。 また、友好や親善を自国の利害より優先すると考えてはならない。 相手が中国や韓国であろうとアメリカであろうと、法律というルールの中で 常に「日本は日本を最優先にする」のが日本側の当然の態度だ。

 もちろんアメリカはアメリカの国益を最優先にするし、中国が中国を最優先にし、 韓国も韓国を最優先にするのは、「その国の政府としての責任であり義務」なのである。 (彼らが日本のように法律を守っているかどうかは別だが)

 少なくとも「政府の仕事とは何か」を考えれば、 友好や親善は外交の“一つの方法”に過ぎない。 それはケチでも偏狭でもない。世界的にみて“当たり前のこと”である。 我々も認識を改め、どの国よりも日本を優先する政治家を選ぶべきなのである。

 そういった数ある「日本のズレ・弱点」の最たるものは、『国防意識の薄さ』である。 いわゆる“平和ボケ”のことなのだが、日本にはそれを生み出す風潮が 戦後あたりからの構造として今も存在するようだ。

 たとえば日本では、誰かが『国防』の話をしようとした時、 テレビ・新聞のコメンテーターや共産党など、いわゆる“左寄りの人たち”が すぐに『戦争』の話に直結させるという、不思議な風潮のようなものがある。

 彼らは、戦争の話題をしている時でなくても、すぐ「過去の戦争を反省する」話や、 「日本が今後“戦争をする国”になることへの恐怖」というような話にしたがる。 まずここに疑問を持って頂きたい。

 国防意識というのは“外敵から国を守ること全般”を考えるもので、 戦争はもちろんのこと、広義には外交とその延長にある資源争奪戦や 経済競争、自国文化の保護を考えることなども当然含まれる。

 たとえば竹島や尖閣諸島や北方四島の領有権を堂々と主張することや 日本が持つ特許物や先端技術を海外に盗まれないようにすることも含む。 要は、日本という国の“大切なもの”を他所の国から守る、という話である。

 だが、日本のマスコミは軒並み左派に近いので、 国防の話をする場合、『国家が国民の命・財産などを守る責任』や 『世界の国々が戦争を回避する努力として何をしているか』などの話も無いまま、 すぐに「右翼が戦争を煽っている!」とか「人が死ぬ!」というズレた話になることが多い。

 中国では、膨大な核ミサイルを日本に向け、人工衛星を破壊して近代兵器を無力化し、日本の領海を侵犯し、桁違いの軍事費拡大を続けながら日本から援助を貰 い続けていることを ほとんどの国民が知らず、日本の金で作った地下鉄に乗って日本大使館に石を投げ、日本の国旗に火をつけて若者が大暴れする。

 だが不思議なことに多くの日本のマスコミは「中国側が戦争を煽ってる」とは言わない。 左翼マスコミは「日本人が国防意識を持つこと」そのものが罪悪であるかのように誘導する。

 日本にとっての戦争は過去の遺物で、教科書の中だけに存在する概念のようになっているが、 中国などその他の国にとっての戦争は現在を進行する彼らの外交の一部である。

 【日本人の国防意識】 よく耳にする、“日本は戦争を放棄したから平和だった”とか “日本は憲法9条があるから戦後60年間戦争をしなかった”というフレーズがあるが これは完全に嘘である。 平和の源は「戦争を放棄したから」ではないし、戦争をしなかった理由は「9条があるから」ではない。

 では“なぜ”日本は戦争せずに済んできたのだろうか。平和というのは、社会党が主張していたような「非武装中立」や 共産党の主張する「自衛隊派兵反対・9条死守・反米」などで達成できるものではない。 そして世界の国々は“話せばわかる善意の国”ばかりではない。

 にも関わらず、日本が戦後60数年、中国やロシアや北朝鮮のような“価値観の全く異なる独裁共産主義国家”に包囲されながらも侵略されることなく平和に暮らしてこられたのは“なぜ”だろうか? 簡単である。

 日本の背後で世界最強のアメリカ軍が圧倒的な戦力を誇示していたからだ。決して平和憲法、憲法9条のおかげではない。日本人の多くは「軍事力」という言葉を出すだけで抵抗を感じる傾向があるが、日本人が日々享受している日本の平和は「軍事力で」維持されているのである。

 もちろん戦争などするべきではない。野蛮だからではない。反省したからでもない。ただただ「互いに損だから」だ。そして戦争反対という『理想』は人間が人間らしく生きるために絶対に必要な尊いものであり、今後も世界中がそうあるべきである。



<以上転載了>



 実際現在における日本の外交能力欠如は間違い無く“戦後レジーム”によって醸成されてきたものだ。
 その中核を構成するのは間違い無くウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムと言えよう。

 参照:WGIP~イエローモンキー共よ、永遠に謝罪し続けろ~
http://taturugiya.blog111.fc2.com/blog-entry-1001.html

 これもまたtwitterからの拾い物だが興味深い話がある。

 <ビル・トッテン「戦後日本は物質的には豊かになったかもしれないが、精神的にはどんどん悪くなってきていると私は思う。なぜこんなことになってしまったのか。マッカーサーによる戦後教育を受け、マインド・コントロールされた人達によるところが大きい」『世界が語る大東亜戦争と東京裁判』より>

 我々日本人が戦後レジームの呪縛を断ち切れるかどうかが掛かっているのが今回の総選挙の本質であり、日本が独立国として独り立ち出来るかが掛かっているのだ。

 斯様に考えた場合我々日本国民の選択肢は自ずと知れてくるのではないだろうか。



 追記:田母神閣下が実に興味深いツイートを残しておられたので転載させて頂きましたので最後に転載させて頂きます。



<以下転載>

 @toshio_tamogami

 野田総理がオバマ大統領と会談し、日中間では大局観をもって対話を継続すると述べたそうですが、対話だけで日本の安全が保障されるものではないと思いま す。どうして自衛隊の増強の話にならないのか不思議です。関係がよければ安全が保証されると考えるのは本当に危険です。国際社会は腹黒いのです。

 中国に対する冷静な対応、大人の対応と言う理論も間違っているのです。30年もその対応をしてきてだんだん状況は我が国にとって不利になっているのにさらに冷静な対応、大人の対応を唱えるのです。中国に対しては大人の対応をやめて子供の対応をしたらいいのです。

 民主党も日本を良くする理論をいっぱい並べてくれましたが結局はちっとも良くなりません。結局その理論は間違っていると言う事です。理論は現実の裏づけが あって初めて正しい事が証明されるのです。この20年間我が国では間違った理論ばかりがもてはやされました。国家弱体化に向けてまっしぐらです。

 日本政府がこの10年以上にわたって実施してきた緊縮財政理論で国家が立ち直った歴史など1回もありません。緊縮財政論者は白旗を揚げて積極財政論者に下 駄を預けるべきです。理論的には一点の非の打ち所もない緊縮財政理論でも、どこかに欠陥があることはこの10年以上の国家的実験で明らかです。
スポンサーサイト

テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

プロフィール

龍剣 朱羅(タツルギ シュラ)

Author:龍剣 朱羅(タツルギ シュラ)
 Webデザインファクトリー “龍剣屋(たつるぎや)”代表取締役、店主 “龍剣 朱羅(たつるぎ しゅら)”でもあります。
 愛国Webクリエイター
 J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)会員(№1007778)であります。
 ハードロック&へヴィメタルと格闘技とサッカーとモータースポーツとスーパーロボット大戦をこよなく愛する熱血バカ一代。
 現実では国賊売国奴と二次元では外なる神々、そしてその眷族と日夜戦い続けている男。ネトウヨ上等!  国士上等!!
 浦和レッズの熱狂的サポーター。
 熱烈なバルサニスタ。
 狂信的(?)ロマニスタ。
 軍用航空機(現用機中心)マニア。
 銃火器マニア。
 ギャルゲーも嗜む。(無論エロも・・・・・orz。)
 本質は“漢(おとこ)気至上主義者”。
 でもって典型的“ドS”。

 自称“天然有害危険人物”。

 無論、反中、反朝、反米、反覇権主義であります!!(力説。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード