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比例も個人名を書こう!

 先ず日本の現状に疑問を持った方、こちらをどうぞ!


 ↓










 愈々明日公示される参議院選挙。所謂前夜に当たる本日、自分はある事を提案したいと思う。
 
 それは、“比例区も政治家個人名で投票をしよう!”だ。

 根拠、それは参議院の比例のシステムが衆議院と違うからである。
 衆議院は党名も個人名も十把一絡げで扱われるが、参議院は個人名の場合その個人の得票になるのだ。
 即ち政党的には支持したいがとある個人だけは絶対当選させたくない場合がどうしても出てくる。だからこそこのシステムを活用し、国益を害する政治屋を尽く落選させるのだ。
 
 そして投票率を上げるのも国賊政党躍進の阻止に繋がる。
 とりわけ政治に対して不信感を抱く若い世代の蒙を啓けるか、ここに掛かっていると言っても過言ではあるまい。
 やはり参政権には“罰則規定”を設けるべきと考える。投票権を放棄する、ミスリードを犯し当選させてはならない人間を当選させてしまった、等文字通り国益に多大な害を及ぼす失態に対し徹底的な厳罰を科すべきと自分は提案したい(国民権の制限等)。
 戦後68年間、主権者の大多数を構成する“大衆と言う名の愚民共”は今現在に至るまでミスリードを繰り返し、何ら反省もせず「どうせ政治なんて誰がやっても~」「自分には関係ない」などと能書きを並べ惰眠を今尚貪り続けている。
 斯様な輩共をこれからも不問に処する事が果たして適当なのか、自分は率直に疑問を覚えるものだ。
 当然国民教育も重要かつ不可欠ではあるが所謂“対処療法”としての罰則制度は制定施行する価値が充分にあるものと自分は信仰する。
 GHQによる衆愚化政策のお陰で斯様な為体と成り果てた日本人の再生には時として“”も必要だ(当然“”、即ち義務を果たした者への優遇措置も併用すべき)。
 今は我々国民が日本と言う共同体、即ち国家に対して何を為すべきかを真剣に考え実行していくべき状況と言えるのではないだろうか。



 日本国民に告ぐ、己の義務から逃げる事勿れ!!











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テーマ:2013参議院選挙 - ジャンル:政治・経済

檄文~明日は天下分け目の総選挙投票日!~

 皆様、明日は天下分け目の総選挙投票日当日であります。
 2600年位上の歴史を重ねてきた祖国日本の“これから”が決まる選挙なのは言うまでもありません。
 だからこそマスゴミは全力で自民バッシングや偏向報道で安倍政権発足阻止を狙ってくるのであり、投票率低下へと誘導するのだ。
 とりわけ今回の総選挙の投票を棄権する事、即ち未来への反逆行為であり万死を以ってしても償える様な物ではない。
 故に我々国民は義務を果たさなければならないのだ。
 “飼い犬”で居たくないのならばマスゴミが垂れ流す情報公害に惑わされず自分の頭で考え、自らの責任で決断を下せ。
 もし家畜の安寧、奴隷の平和を享受したいのであれば西側の大陸、若しくは半島か東側の大陸へ鎖と首輪持参の上裸一貫出て行くがいい。
 斯様な輩なぞ最早同胞にあらず、日本人にあらず!

 最後にもう一度だけ言っておく。
 飼い犬で居るのが嫌なら明日は投票所へ行き国民の義務を果たせ。

 以上!


 追記になりますが明日の投票日を前に是非皆に読んで頂きたい物があるのでメルマガより転載させて頂きました。

 <以下転載>


「目で見るな、胸で見ろ」

 『言志』編集長 水島 総


表題の言葉は、白洲正子の著書『梅若実聞書』からの引用で、
名人と言われた能楽師である梅若実と梅若六郎の2人の言葉だ。

白洲正子は、4歳から梅若実、六郎両名人について能の修業を
始め、50歳で能の免許皆伝を受けて舞台にもしばしば立ってい
た。
しかし、免許皆伝を受けた直後、女に能楽はできないと悟り、
能修行を止めた。

白洲の能についての評論は、能の世界を超え、日本文化の本質
を突くような、示唆に富んだ多くの言葉が遺されている。


 装束は身体の上から着るのではなく、いつも身にツケル
 もので、(略)それも自分自身をお能の装束の中に入れ
 る、という感じをもつべきであると思います。

 (能)面は頭へかぶるものではありません。自分の顔を
 面に吸い付ける気持ちをお持ちなさい。

               (白洲正子『お能』より)


表題やこれらの言葉も、能という芸術の文化的本質をよく示し
ている。
文芸評論家で『三島由紀夫研究』編集委員の松本徹氏は、『お
能』の著書解説で、次のように指摘している。


 これは、言い換えれば、自分が、自分の演技力なりその
 他の工夫によって、内に抱いているなにものかを表現し
 ようとして、能を演じるのではなく、能なるものの中に
 入り込み、そのものに与り、そのものの現われとして演
 じるということであろう。能が中心であり、主体であっ
 て、自分がではないのである。自分は能を能たらしめる
 働きをするにすぎない。これは近代の芸術観とはまった
 く反対のものであろう。自分を棄て、自分を抜け出し、
 彼方に位置する能の世界と同化することが肝要なのであ
 る。


<石原氏は保守を「演じ」ている>


長々と引用したのは理由がある。

ひとつは、戦後の保守思想に潜在する近代主義的「いかがわしさ
」を示唆していると気づかされたこと、もうひとつは、チャンネ
ル桜の討論番組で、政治評論家の宇田川敬介さんから、中国共産
党が石原慎太郎氏をどのように分析しているか聞いたからだ。

宇田川氏によれば、中国共産党の情報組織「中国社会科学院日本
研究所」は、石原氏を「民族主義者を演じている民族主義者」と
いう分析をしているらしい。

私はこれを聞いたとき、真偽のほどはともかく、中国共産党の鋭
い分析力に驚いた。
並みの政治評論家や文芸評論家では、とてもこういう分析はでき
まいと思った。

敵は予想以上に手ごわい。
これを痛感しながら、私は三島由紀夫と石原氏の対談を思い出し
た。


 三島 石原さん、今日は「守るべきものの価値」について
    話をするわけだけど、あなたは何を守ってる?

 石原 …ぼくは、やはり自分で守るべきものは、あるひは
    社会が守らなければならないのは自由だと思ひます
    ね(略)。

 三島 そのために死ねるものといふのが、守るべき最終的
    な価値になるわけだ。

 石原 何のために死ねるかといへば、それは結局自分のた
    めです。

 三島 最終的に守るものは何だらうといふと、三種の神器
    しかなくなっちゃうんだ。

 石原 三種の神器って何ですか。

 三島 絶対、自己放棄に達しない思想といふのは卑しい思
    想だ。

 石原 身を守るということが? ぼくは違ふと思ふ。

 三島 だけど君、人間が実際、決死の行動をするには、自
    分が一番大事にしてゐるものを投げ捨てるというこ
    とでなきゃ、決死の行動はできないよ。君の行動原
    理からは決して行動は出てこないよ。

      (『月刊ペン』昭和44年11月号
              「守るべきものの価値」より)


この対談で、三島氏は石原氏に、「君はずいぶん西洋的なんだな」
と述べ、私心を棄てられぬ思想は「卑しい思想」だと、ばっさり
斬って捨てている。
思想というものが、最終的にどういう姿であるべきか、あるいは
私たち日本人にとって、「日本」をどうとらえるべきかが語られ、
今もなお、極めて今日的な価値を有している。

まして、石原氏はいったんは国政に絶望したとして国会議員を辞
任しながら、再び、国政を目指そうとしている状況がある。
彼の行為を通して、この戦後保守思想のあり方を考えてみる上で
も、ちょうどいい時期だと思われるし、思想と行動について、陽
明学の本質が、三島氏の言葉に見事に浮き彫りにされているよう
に思われるからだ。

石原氏は対談で「三種の神器って何ですか」と聞いているが、も
ちろん彼は三種の神器が「日本精神」の象徴であり、神鏡が「ま
こと(誠)」、勾玉が「慈愛」、神剣が「勇気」を象徴している
ことを知っていたはずである。
しかし、石原氏にとって、これらの知識は、自分が選択すべき思
想やイデオロギーのひとつに過ぎない。

「能」修業の本質が、自分(近代主義的自我)を捨て去り、能そ
のものになり切ることと同様、三島由紀夫氏が主張し、命を懸け
て実行したように、個人主義的自我を捨て去り、日本または日本
精神になり切ることが、石原氏にはどうしてもできない。
そういう発想がないからだ。
彼にできることは、個人(の自由)を残したまま、民族主義を選
び、保守主義を選択し、それらを「演ずる」に過ぎないのだ。

例えて言えば散華した特攻隊員たちは「私」という近代的自我を
捨て、「日本」または「日本精神」そのものになり切って出撃し
た。
しかし、石原氏の発想では、漫画家小林よしのり氏が特攻につい
て述べた「特攻は究極のやせ我慢だ」という「卑しい思想」から
出られないのである。

芝居の「役」のような「付け焼刃」の行動思想だと、時代や状況
によって、いくらでも物言いは変わる。
彼の皇室天皇論や政治的姿勢が変わるのは、彼が不誠実でいい加
減だからではない。
西欧近代劇を演ずる役者のごとく、民族主義のさまざまな役や脚
本を「演じている」だけだからだ。

彼は日本の「能役者」には絶対になれない。
せいぜい、西欧近代劇の俳優とならざるをえない。
つまり、彼は一流政治家や民族主義政治家を演ずることはできて
も、政治家として私利私欲を捨てて「日本」そのものになり切る
ことはできないのである。

明治維新の立役者だった西郷南洲や大久保利通、伊藤博文などは、
大物政治家を「演じた」わけではなかった。
それぞれ考えは違ったが、「私」を棄て去り、「日本」そのもの
になっていたのだ。

明治人として、西欧近代と血みどろの文学的格闘を行った夏目漱
石は、晩年「則天去私」の心境に達したと言われている。
明治の文豪漱石がたどり着いたのは、明治の精神、明治の「日本」
になり切ることだった。
漱石はそれによって、西欧近代文明の呪縛から解き放されたかも
しれないのである。


<自我を棄てて「日本」になり切れ>


石原氏と三島氏の差異は、私が本誌上でずっと語ってきた「戦後
保守」と「日本を主語とする保守」とのあり方の根本的な差異で
もある。
約40年前のこの対談は、それを明瞭に示している。

両者の差異の本質は、「天皇」を包摂できない西欧近代保守主義
者(石原)と「天皇」を中心に据える日本保守(三島)との差異
であり、必然的な別離をも示している。

同時に、それは民族主義者を演じる西欧保守主義者石原氏と、戦
後レジームの脱却=日本を取り戻すと主張する安倍晋三氏との本
質的な差異でもある。
戦後67年、西欧近代保守主義と日本保守思想の分岐が、いよいよ
開始されたのだと、私は考えている。

もし、石原氏が本当に私心と私利私欲を捨て、国のために身を捧
げようと思っているなら、それを証明する行動がある。

石原氏は、日本維新の会代表就任時に、結党の大きな目的を「自
公の過半数阻止」だと宣言した。
ならば、石原氏は息子伸晃、宏高氏の選挙区に自身が立候補すべ
きである。
日本国のために、憂国の鬼と化さねばならないはずである。

しかし、彼には絶対にできない。
愛国政治家を「演じている」だけだからだ。
尖閣諸島の購入問題で、私が気づいたことはこのことだった。

悲しく残念なことだが、私たちの眼前には、日本そのものになり
切れず、日本のために自己放棄できなかった老政治家が、無残な
姿で「愛国」「憂国」の「暴走老人」を演じている。
これは世代的なことでもあるのか、読売新聞主筆の渡邉恒雄氏や
大勲位中曽根康弘氏に、私は同じ老残の姿を見つけるのである。

彼らがこれまで、そして今も続けているのは、安倍氏のグループ
を排除した形の「大連立」構想だ。
その本質は、「第二の戦後体制」の構築であり、半永久的な米国
の保護国化である。

思想の違いだけでは済まない、日本の未来を賭けた「超限戦争」
が、安倍晋三氏と石原慎太郎、橋下徹氏との間で、開始されてい
るのである。

陽明学の本質が能楽修行の教えの中にあったと気づいたのは、私
にとって新たな発見だった。
能の修業について引用した文章の「能」という言葉を「日本」と
いう言葉、あるいは、「日本文化」、あるいは「日本(保守)思
想」と置き換えてみていただきたい。


 日本(装束)は身体の上から着るのではなく、いつも身に
 ツケルもので、(略)それも自分自身を日本(能の装束)
 の中に入れる、という感じをもつべきであると思います。

 日本(能面)は頭へかぶるものではありません。自分(の
 顔)を日本(能面)に吸い付ける気持ちをお持ちなさい。

 日本を(目で見るな、胸で見ろ)。


能楽の創始者であり、能を完成させた観阿弥、世阿弥は、禅仏教
の影響を強く受けているが、禅の修行も同じだ。
禅は禅の教えを自分の頭で受け取り、考え、咀嚼し、実践(演じ
る)するのではない。
むしろ、自分(個人的自我)を放棄し、禅そのものに自分の心身
全てを投げ出し、禅そのものになり切ることを本質としている。

道元禅師の言葉、「心身脱落」は、それを指している。
特攻英霊や三島氏は、自我を棄て「日本」になり切ったのである。

この私を棄て、「日本」そのものになり切るという現実的存在は、
2600年前からあった。
125代にわたって続いて来た天皇陛下の御存在である。

東日本大震災で、私たち日本国民は、天皇皇后両陛下の御姿に、
「日本」が今なおあり、そしてこれからも、厳然としてあり続け
ることを、改めて知った。

私心(西欧個人主義的自我)を保ち続けながら、この強固な戦後
日本体制を転換することはできない。
日本そのものになり切らず、愛国政治家を「演ずる」だけの政治
は、第二の戦後体制の構築を促進するだけだ。

イデオロギーは異なるが、我執妄執で極左政治家を「演じ続けた」
菅直人氏と、戦後保守政治家としては「一流」だった石原氏とは、
大変失礼な言い方になるが、私には本質的には同じように思える。

幸いにも、安倍晋三氏には「演ずる」という意識はない。
自分自身がいる場所が「日本」であり、自分自身が「日本」であ
るとの自覚で動いている。

悲しいことだが、この「蟻の一穴」のごとき細き道を、私たち自
身も「日本」として、歩みを進めながら、大道へと変えていくし
かないのである。

テーマ:日本を正常な国に戻したい - ジャンル:政治・経済

ホッとした・・・しかし

<「やるべき仕事はしたよ」 次の人生設計へ>
MSN産経ニュース:2011.2.23 01:27
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110223/lcl11022301300000-n1.htm

 これで取り敢えずめでたしめでたし、かな。

 老害が消えた今安心して自民党公認候補を応援できる環境が出来たという物だ。

 クリエイターとしては奴など支持出来る訳が無い。
 
 コンテンツ産業からの税収すら無視しての物言いなど到底許せるような物ではないのだからな。

 自分が関わった“ヤマト復活編”が興行的にコケた腹癒せで条例改悪に踏み切る様な卑劣漢に最早用は無い!

蓮舫

 それはそうとまたぞろ“仕分け女”が都知事の椅子を狙って動き出す様である。

 このシナ畜の淫売はどうしても首都東京にシナの植民地を作りたいのだろう。

 しかし、不安なのは都民の情弱振りだ。

 09年の都議選に於いてもミスリードで都政を混乱に陥れている。

 何とも頭の痛い話ではあるが現在のミンスの迷走振りが売女への逆風となれば御の字と言うべきかも知れない。

 さて、どうしたものか思案の為所かもな。

 

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

シャレにならん!

 選挙が変わる?ヤフーが「ネット選挙解禁」署名
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/it/internet/323318/

民主法案判明 ネット選挙解禁へ 今夏の参院選から適用
4月15日7時56分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100415-00000042-san-pol

 {(以下転載)
 民主党は14日、インターネットを利用した選挙運動を今年夏の参院選から解禁するため、公職選挙法改正案(ネット選挙解禁法案)を5月の大型連休明けに議員立法として国会提出する方針を固めた。自民党も同日、従来の慎重姿勢を転換し、同党選挙制度調査会が独自のネット選挙解禁法案の要綱をまとめており、今夏の参院選でネット選挙が解禁される方向となった。選挙期間中のホームぺージ(HP)やブログ、ツイッターの活用や更新が可能となり、選挙戦は大きく様変わりする。
 民主党政治改革推進本部(小沢一郎本部長)は4月中に法案をまとめ、他党に賛同を呼びかける方針。総務省などの準備作業が必要なため、参院選公示日として有力視される6月24日の1カ月前の5月24日までの法案成立を目指す。ネット選挙解禁を進める藤末健三民主党参院議員は「野党とも協議し、必ず参院選から解禁したい」としている。

 現在の公職選挙法では、平成8年に旧自治省が示した見解に基づき、HPやブログ、電子メールなどを「不特定多数への文書図画の頒布」とみなして禁止している。このため、政党や候補者はネットを利用した選挙運動が行えなかった。

 民主党がまとめた法案の素案によると、選挙期間中は禁止されていたHP、ブログ、ツイッター、電子メールの利用を原則解禁する。ウェブ上で街頭演説の動画を配信したり、候補者が日々の動きをブログ、ツイッターで更新することも認める。

 政党や候補者になりすましたり、ネットで政党や候補者の誹謗中傷を行う行為には、刑法の名誉棄損罪や公選法の虚偽表示罪などで罰則を科す。なりすましの危険性から有権者への電子メールの送信については解禁見送り論もあり、最終調整している。

 ■民主法案の骨子

一、インターネットを用いた選挙運動を認める。投開票日の前日までに更新・アップされたHP・ブログを投開票日当日も含め閲覧可能とする

一、選挙運動用の電子メール送信は、事前に登録、同意した有権者へのみ認める

一、候補者や政党以外の者は、ネット上で候補者名や政党名が類推されるような有料広告を載せることができない

一、平成22年の参院選から適用する

一、違反者には罰則を科す

 (以上転載終わり)}

<参照:公職選挙法等の一部を改正する法律案要綱>
http://www.dpj.or.jp/news/files/20060613162740.pdf

 とりわけ赤文字下線引きに注目!

 これって体の良い言論弾圧法案じゃね?

 自分達にとって都合の悪い物は総て誹謗中傷扱いにして抹殺とは愈々ミンスも形振り構わなくなってきたと言う事か。

 我々はこの様な謀略に対し断固戦うべきである。

【だまされるな! インターネット選挙運動解禁法案 -中国 共産党と同じ手口】
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/2578632.html

 上記のブログを良く読んで一人でも多くの人に伝えていただきたい。

 皆様もご周知のことと思うが参院選まで時間がありません。

 悠長にゴールデンウィークなどと油断していたら忽ち可決成立してしまいます。

 努々怠惰に溺れる事無きよう衷心よりお願い致す次第。
プロフィール

龍剣 朱羅(タツルギ シュラ)

Author:龍剣 朱羅(タツルギ シュラ)
 Webデザインファクトリー “龍剣屋(たつるぎや)”代表取締役、店主 “龍剣 朱羅(たつるぎ しゅら)”でもあります。
 愛国Webクリエイター
 J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)会員(№1007778)であります。
 ハードロック&へヴィメタルと格闘技とサッカーとモータースポーツとスーパーロボット大戦をこよなく愛する熱血バカ一代。
 現実では国賊売国奴と二次元では外なる神々、そしてその眷族と日夜戦い続けている男。ネトウヨ上等!  国士上等!!
 浦和レッズの熱狂的サポーター。
 熱烈なバルサニスタ。
 狂信的(?)ロマニスタ。
 軍用航空機(現用機中心)マニア。
 銃火器マニア。
 ギャルゲーも嗜む。(無論エロも・・・・・orz。)
 本質は“漢(おとこ)気至上主義者”。
 でもって典型的“ドS”。

 自称“天然有害危険人物”。

 無論、反中、反朝、反米、反覇権主義であります!!(力説。)

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